TETSUGAKUMANのブログ

映画1000本観た中からおすすめ

映画「アンダーザスキン 種の捕食」感想とネタバレと解釈 感情への回帰

スポンサーリンク

不協和音と難解さのパラダイス

 

ここ10年の中で一番強烈だった映画。

久しぶりに、というかもしかしたらここまで突き抜けてる映画は初めて見たかもしれない。

表現するなら「不協和音」「意味不明」「不安」「芸術」だ。
もし監督や出演者の思惑が「記憶に残る」だったら、僕はまんまとその策略にはまった。


アンダーザスキン
種の捕食

コミュニケーションが作業になった現代への問い。

 

はじめに

DVDのパッケージやPOPに書いてる内容は読まないほうがいいです。
せっかくの意味不明な作品を説明してしまっているので。

これはとことん意味不明なまま見てもらいたい。
見終わった後、誰かに話したくてたまらなくなる。

それで正解だと思います。


もちろんオススメはできないが、見てほしい。


どうして紹介しようと思ったかというと、誰かの意見が聞きたいからまず自分の意見を言おうと思ったからです。
あと、音楽が素敵だったから。
それとスカーレットヨハンソンが好きだから。

ここまで読んで「見ようかな」という方はこれ以上読まずに見てください。
なるべく冬に。


「見ない」という方は続きを読んでください。
「見た」という方は最後の方を読んでください。

 

「見ない」というかたへ

出だしをざっと説明します。
球体や光や影や目がゆっくり出てくる。

数分間、イメージ的な映像が映し出される。

 

その後、バイクに乗った人がどこからか死体をもって来る。
バン(車)の中らしき異空間でヨハンソンがその死体の服を脱がせ、自分で着る。
バンで街へ移動したヨハンソンはナンパをする。
車から「道に迷った」「行き先を教えて」などと男に声をかける。
この間も不協和音が鳴り、間(ま)が多く、ヨハンソンの小悪魔っぷりを楽しむなんていう場面ではない。
ナンパにかかった男をボロボロの家に連れて行く。

家の中は真っ暗な異空間。

漆黒の宇宙。
服を脱ぐヨハンソン、服を脱ぐ男、歩くヨハンソン、沈む男。
完了。


はい、いかがですか。

ストーリーの出だしとして、理解できないです、危険です。

ここから話しは展開していきます。

場所はスコットランドで相手の男の訛りがひどく、最初はフランス語かと思ったほど。

不気味で不安な映画です。
 

見てください。

  

「見た」というかたへ

私の印象に残ったのはシーン

 

①スカーレットヨハンソンの顔及びあの肉体

顔のアップが多く、監督は随分惚れ込んでるんだなーと思いました。
しかも、美しいだけじゃなくてわざと不完全にしている。

 

②音楽が良い

良いというか、今サントラ聞いているのですが、ホラー映画を見てるかのごとく不安な気持ちにななります。
あの「何か起こりますよ」的な音も怖いし、バイカーが顔の彼を捕らえに行くところのドドドドって音が不安を掻き立てて止まない。
 


③主人公の変化

顔のおおきい彼の心の綺麗さに触れたのか、鏡で自分の嘘の肉体に驚いたのか。
主人公は自分の人生を人間として生きようとする。

そして他者と出会い、性行為までいくが・・・何かおかしい。
ライトで股を照らす・・・

 

(性器が)ない

 

下半身裸で股を開いてライトで照らすなんて、笑ってしまいました。

そう、わからなすぎて所々笑えてきます。

 

④最後の森の中でのシーン

男に襲われて「あーーー!」となったと思ったら男が逃げ出す。
脱いじゃう主人公。(見た人にしかわからない)

服じゃないですよ、でも「脱ぐ」んです。
ここで思考は飛びました。
たぶん、主人公と同じ気分。
え?みたいな。
あ!みたいな感じ。

は?というのか。
げ!って感じか。

⑤序盤の海のシーン

あれ、犬溺れてるの?
いや、飼い主が溺れ出した?
助け・・・ないんだ石でゴーーン!
ここもちょっと笑ってしまいました。

泣く赤ちゃんの声は嫌だった。

たまらなく嫌だった。

解釈

まず、こういう難解な作品は何かの比喩である事が多いということ。
例えば「マトリックス」は「自分」と「世界(社会)」との関わりをえがいたもの。
詳しくはこちら

「アンダーザスキン」では、感情が欠落した主人公がある事をきっかけに気持ちが変化していく。

始めは無感情で作業的に他人を補食していた。
その「補食」の作業は人間を液化して取り込むので、たぶん感情まで入ってきてしまうのだろう。
映画のはじめに2人の男を補食するが、その2人は下心(性行為をする事)が目的なのであまり深い感情がない。
あるとすれば性欲と多少の不安や喜びぐらいだろう。
故に補食の作業は進むのだが、3人目、顔にコンプレックスのある人を補食しようとする。
この人はコンプレックスのせいで女性と関わりを持ったことがない。
車から声をかけられたとき、顔を見ても表情を変えない主人公に驚いただろう。
だから車に乗った。

(もちろん主人公が美人だからという男の気持ちもあったはずだ)
車の中の会話で手を褒められる。
顔がどう、ではなく手を褒められて嬉しかったはずだ。
そして主人公に手を掴まれ、顔を触らせる。
「どう?」
「柔らかい」
などと会話を進めていく。
そしてぼろぼろの家に連れて行かれ、補食されそうになる。

ただ、この男は補食の時の気持ちが前の2人と違う。
女性といる事の喜びや人と接する充実感、興奮、嬉しかったに違いない。
その純粋で美しい気持ちに触れて主人公は逃げ出す。

美しい感情を知ってしまったから。

逃げ出した主人公は普通の人間のように生きようと、純粋な気持ちで他人と接したいと、愛し愛されたいと思ったのだろう。

だがそれはできなかった。
醜い心に殺されてしまう。

これは「感情への回帰」を描いた作品だと思う。
暗い90年代(他人を傷つけるのなら何もしない方がましだ)を経て変化した00年代(傷つけ合うけど前に進まなくちゃいけない)を経験した今、他人とのコミュニケーションを「作業」にしてしまっている。
「いいね」したり「リツイート」したり。
ただ、その作業のなかで出会う素敵なものやキレイな感情に触れ「本当のコミュニケーション」へ憧れる。
憧れて手に入れようとするが、結局は叶わない。


主人公が最後、自分の顔を手に取って見つめる。
「これが私なのか」
「本当の私なのか」
「感情は不要なのか」
「望みは叶わないのか」
「人は悲しいのか」
「美しい物はなぜ存在するのか」

 

まとめ

他人とのコミュニケーションが作業になっている現代、(古き良き)コミュニケーションへの回帰を望む。

しかし、努力するがそれは叶わないと知る。

 

考えすぎかもしれませんが「ヒント」をくれるのは実はサントラの「曲名」にあります。

「LOVE」という曲が流れる場面は間違いなく「愛」を表現しているはずです。

解釈のヒントとして、その辺も取り入れました。

 

いかがだったでしょうか?

おすすめ正直できないです。

でも、あの有名ゲーム「メタルギアソリッド」の監督:小島秀夫さんは大絶賛。

DVDもブルーレイもサントラも持っているそうです。


追伸
宇野常寛さんの本を読んで共感した内容が含まれています。

 

  

この映画の監督の他の作品

 

【スポンサーリンク】
プライバシーポリシー